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山形地方裁判所 昭和43年(ワ)222号 判決 1972年9月18日

原告 高津ナミ

<ほか五名>

右原告六名訴訟代理人弁護士 古沢久次郎

被告 秋葉知

右訴訟代理人弁護士 繩野文男

主文

被告は原告高津ナミに対し金九二万一、四七〇円、原告高津栄彦、同高津勝人、同石井妙子、同宗片幸子、同阿部福子に対し各金七一万五、四二五円および右各金員に対する昭和四三年八月二五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の各請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告は原告高津ナミに対し金三九〇万八、八〇〇円、原告高津栄彦、同高津勝人、同石井妙子、同宗片幸子、同阿部福子に対し各金一六六万三、五二〇円および右各金員に対する昭和四三年八月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

1、訴外高津栄一郎(以下亡栄一郎という)は、昭和四二年四月三日午後八時頃、山形県寒河江市内の国道一一二号線(通称高屋街道)において、自己の高松中学校校長定年退職による歓送会等に招かれ、飲酒酩酊して歩行中訴外国井勝司運転の自動二輪車にはねられ、頭部顔部等打撲症の傷害を受け、間もなく秋葉外科医院(以下被告医院という)に収容された。

2、被告医院に収容された亡栄一郎は、被告医院診察室で被告から、右1の傷害の治療を受けたのち、同日夜から翌四日朝にかけて、被告医院手術室(以下手術室という)において就寝中、同室にあったガスストーブの燃焼により生じた一酸化炭素による中毒にかかり、その結果同年一〇月二〇日死亡した。

(二)  責任原因

1、被告は被告医院を開業し、その経営の業務に従事している者であるが、亡栄一郎の入院当夜はたまたま満床で他に空室がなかったため、右(一)2のとおり亡栄一郎およびその付添人たる同人の妻原告高津ナミ(以下原告ナミという)を手術室で過させることにしたが、手術室は広さ約一三平方メートルの気密室であり、しかも同夜は同室で暖房のため寒河江市営のガスを熱源とするガスストーブを使用していた。

2、右1の如き場合、病院管理者たる被告、あるいは当時当直看護婦として手術室を管理していた訴外加藤睦子(以下訴外加藤という)としては、ガスストーブの使用を避けるか、若くは、これを使用するとすれば、気密室内にて長時間ガスストーブを使用することによる一酸化炭素中毒事故の生起すべきことを予測し、訴外加藤自ら、あるいは付添人たる原告ナミをして、手術室の換気に十分注意させ、以て右の如き事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。

3、被告および訴外加藤は、密閉状態に置いたままの手術室内で長時間ガスストーブを燃焼させ、同室の換気につき、格段の意を配さなかった結果、右(一)2の事故が生起した。

4、右3の事実によると、被告および訴外加藤は、右2の義務を懈怠したものというべく、従って被告は、民法七〇九条により、あるいは訴外加藤の使用者として民法七一五条により、右事故により生じた損害を賠償する義務がある。

(三)  損害

1、原告ら固有のもの(慰藉料)

原告ナミは亡栄一郎の妻、その余の各原告は亡栄一郎の子であるところ、いずれも右(一)2の亡栄一郎の死亡により精神的苦痛を受けたので、それを慰藉するには、原告ナミにおいて金一五〇万円、その余の原告らにおいて各金七〇万円が相当である。

2、相続により取得したもの

(1) 治療費等

イ 被告医院関係

亡栄一郎は被告医院に、昭和四二年四月三日から同月一四日までと、同月二五日から同月二六日まで入院し、同月一五日から同月二五日まで通院し、その間の診療費等として同人は被告に対し、合計金四万七、八〇二円を支払った。

ロ 山形県立中央病院関係

亡栄一郎は山形県立中央病院に昭和四二年四月二六日より同年一〇月二〇日まで入院し、その間の療養費等として同人は右病院に対し、金二六万七、五一五円を支払った。

(2) 付添人費用

イ 亡栄一郎は右(1)ロの入院中意識障害の状態が続き、付添人を必要としたので、同期間中付添人を頼んだが、その間の付添費は延二二〇日分(一日一、〇〇〇円)で合計金二二万円である。

ロ 右イの付添人の食費雑費二〇〇日分(一日九四〇円)は合計金一八万七、九〇三円である。

(3) 逸失利益

イ 亡栄一郎は明治四二年三月二一日生れで、本件ガス中毒事故の直前の昭和四二年三月末日、三六年間在職した教員を定年退職し、右(一)2の死亡時満五八才で公立学校共済組合山形支部より年額五三万八、四八一円の退職年金を得ており、その平均余命は一七年である。

ロ 右イの事実を基礎に、年五分の中間利息をホフマン複式年別法により控除して右年金総額の現価を算定すると、それは金六五〇万三、一八〇円となる。

(4) 相続

右1の身分関係に基づき、原告らは、右(1)ないし(3)の合計額を法定相続分(原告ナミ三分の一、その余の原告ら各一五分の二)に従い相続した。

(四)  結語

よって被告に対し、損害賠償として、原告ナミにおいて金三九〇万八、八〇〇円、その余の原告らにおいて各金一六六万三、五二〇円および右各金員に対する不法行為の後たる昭和四三年八月二五日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。≪以下事実省略≫

理由

第一、事故の発生

一、請求原因(一)1の事実は当事者間に争いがない。

二、請求原因(一)2(亡栄一郎の死因)について

(一)  右一の、被告医院に収容された亡栄一郎は、同医院診察室で、被告から右一の傷害治療を受けたのち同日夜から翌四日朝まで手術室に就寝したこと、および同人が昭和四二年一〇月二〇日死亡したことは当事者間に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

1、右(一)のように、亡栄一郎が被告医院に収容され、診察室で右事故による手当を受けたのは、昭和四二年四月三日午後八時四〇分頃であり、同項の手術室に収容されたのは同日午後九時頃であり、同人は右(一)の治療方法としての注射および右一の飲酒酩酊等のため手術室入室直後から、同室内の寝台で就眠した。

2、被告医院の看護婦である訴外加藤は、同日午後九時過ぎ頃手術室内の、右寝台から約一・三メートル離れた所に置かれていたガスストーブに点火し、同ガスストーブは、翌四日午前一時前頃、訴外加藤が消し止めるまで燃え続け、その間手術室の窓は全部閉されていた。

3、亡栄一郎の妻である原告ナミは亡栄一郎の付添として、同人とともに手術室で過すことになり、右1の亡栄一郎と同時に手術室に入室し、同三日午後一二時頃亡栄一郎のイビキが極度に高かったため、手術室を出て右2の訴外加藤にその安否を問うた後、翌四日午前零時三〇分頃、亡栄一郎の寝台の脇にあった長椅子で、腰をかけ、右寝台に顔をうつぶせに乗せて就眠した。

4、翌朝、午前六時前頃、訴外加藤が右手術室を見回ったところ、亡栄一郎は気を失い、かつ吐血して、寝台からずり落ちそうになっており、原告ナミも、気を失って右寝台にうつぶせになっていた。

5、右意識不明の状態は、亡栄一郎においては同日午前九時頃まで、原告ナミにおいては同日夕方まで各継続した。

6、亡栄一郎は、右5の意識回復後、主として右一の交通事故による傷害治療のため被告医院へ同月一四日までは継続して入院し、その後は通院した。

7、原告ナミは、意識不明のまま、同月四日朝、被告のあっせんにより、寒河江市内の、訴外佐藤兵衛医院に入院し、同医院において、同月一三日まで右意識障害についての治療を受けていたところ、同日頃から、その右足に腫れと痛みが生じたため、同月一四日、被告医院に転入院し、約五日間被告から治療を受けたが、被告および、右佐藤兵衛医師は、いずれも原告ナミの右意識喪失の原因、従って、その病名につき確定的所見を把握することができず、両医師の協議により、原因不明の脳血管けいれんによる意識障害と、概括的病名を付している。

8、同月二五日亡栄一郎に、脳に障害が生じたと思われる意識障害、手足の麻痺等の症状が表われたため、亡栄一郎は同日夜、被告医院に入院したが、右症状上同医院の専門外にあたることから翌二六日山形県立中央病院脳神経外科に入院した。

9、右8の県立中央病院に入院後亡栄一郎は、いわゆる無動性緘黙症の症状(身動きをせず、喋らず、自ら進んで食事をしようとしない、便意も教えない等)を呈し、同症状が継続したままそれに基づく衰弱により右(一)の如く死亡した。

10、右8の県立中央病院では、亡栄一郎の、脳の、所謂白質部分に異状のあることは認めたが、その異状原因、従ってその病名を確定することができず、同病院における亡栄一郎の主治医訴外植村五朗は、亡栄一郎の死後直ちに同人の脳を取り出し、これを亜急性白質脳炎の疑いとの病名と共に新潟大学脳研究所神経病理学教室に送付して同教室に対し、病理組織学的検索を要請した。

11、右10により脳の送付を受けた右神経病理学教室教授訴外小宅洋は、同年一〇月から一一月にかけて右脳の検索をした結果、亡栄一郎の死因は、それより数ヶ月前に起きた一酸化炭素中毒による脳障害であると判断したが、その際、同教授に対する臨床報告は、右10の病名のみであり、一酸化炭素中毒に関する事項の告知はなかった。

12、亡栄一郎と原告ナミは、いずれも右4の意識喪失以前(亡栄一郎については右一の交通事故による受傷以前)格別の持病はなく健康体であり、また、原告ナミは、右3の就寝前、被告および同原告の近親者から、亡栄一郎の右一の傷害の程度は、比較的軽微であり、さして心配することはない旨聞知したため、亡栄一郎の右傷害につき脳障害の発生原因となるに足る如き、格段の意識、若くは感情上の緊張を抱かなかった。

13、亡栄一郎死亡前の同年一〇月一一日から一二日にかけて手術室に就寝した訴外沖津イトコ外二名は、右2と同一のガスストーブにより一酸化炭素中毒にかかり、うち二名が死亡、他の一名が一酸化炭素後遺症になった事故が発生した。

14、医学上、一酸化炭素中毒の一類型に完全間歇型があり、それは、急性期の昏睡から一たんさめ、二~三週間は健康時同様にふるまうが、軽い症状が続く間歇期をへて再度の悪化をきたす型で、この場合、患者は茫然と視線を固定させるか、きょろつかせ、その間、高度の記憶喪失、失見当があり、外界刺激に対する合目反応や自発的意思発現の一切が失われ、ついには昏睡や痙攣下に衰弱死することがあるとされている。

(三)  右(一)(二)認定の事実を総合すると、亡栄一郎は原告ナミとともに、昭和四二年四月三日から翌四日にかけて、被告医院手術室において一酸化炭素中毒にかかり(亡栄一郎は完全間歇型)、それが亡栄一郎の、右(一)の死亡原因であると認めるのが相当である。

(四)  付言する。

≪証拠省略≫中には、右(二)4の際原告ナミは、その顔面が蒼白で、血圧も高く、一酸化炭素中毒の一般的症状を呈していなかった(従って同室にいた亡栄一郎も同中毒にかかっていない)旨の記載、供述部分があるところ、上野正吉著「新法医学」(株式会社南山堂発行)二八六ないし二八八ページによれば、急性一酸化炭素中毒につき、吸気中に含まれる一酸化炭素の含有率〇・〇五パーセントの場合「危険域に入る……血液中のCO―Hb(一酸化炭素ヘモグロビン)は約三〇~四〇パーセント飽和を示し、他覚的には顔面蒼白となり、時には蒼白な皮膚の処々に赤い斑点がみられることもある」とされ、又、右含有率〇・〇七パーセントの場合「頭痛悪心はさらに激しく、時には嘔吐がみられ……やがて睡気を生じ脱出能力も次第に失われる……血圧も……最初高まるが、後低下する」とされ、更に一般論として「血液中の一酸化炭素飽和度が四〇パーセントに達した状態が長く続くと死亡する」「一酸化炭素中毒が睡眠中や泥酔中に起こると、覚めたときには意外に早く中毒が進行しており、脱力激しく自ら脱出不可能となり、死亡するに至ることが多い」とされているので、右証拠従って原告ナミの右症状をもって、右(三)の認定を左右することはできない。

第二、責任原因

一、被告は、被告医院を開業し、その経営の業務に従事していること、亡栄一郎の入院当夜、被告医院は満床で他に空室がなかったため、被告は亡栄一郎と原告ナミを、手術室で過させることにしたが、手術室は、気密室で、同夜手術室では暖房のため寒河江市営のガスを熱源とするガスストーブを使用していたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(一)  手術室は、その広さが約一七平方メートルで右一の如く気密室のため、窓を閉じた場合、若干の隙間風も入らない構造になっており、かつ、右第一、二(二)2の如く訴外加藤が点火したガスストーブには手術室の外に通ずる煙突がなかったから右ガスストーブの燃焼によって生ずるガスはそのまま右手術室に充満する状況にあった。

(二)  右第一、二(二)2のとおり、右ガスストーブは午後九時過ぎ頃から翌日午前一時前頃まで燃焼し続けたが、当初点火の際、訴外加藤は、原告ナミに対し、同ストーブの点、消火操作の方法、燃焼中における手術室の窓の開放等についての指示をせず、かつ、右燃焼中被告医師側、その他の何人においても、右手術室の窓の開放を行わなかった。

三、右一、二(一)の状況下にあって、被告医院を管理運営する被告としては、ガスストーブ燃焼により一酸化炭素中毒事故の生起すべきことを予測し、これを避けるため、自ら、或いは使用人たる看護婦等をして、手術室にある窓を右事故防止に十分なだけ開放するか、又は右手術室に換気口を設ける等して、右中毒事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。

四、右二、(二)の事実によると、被告は、右三の注意義務を懈怠したものと認めるのが相当である。

五、従って被告は、民法七〇九条により、本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

第三、損害

一、原告ら固有のもの(慰藉料)

(一)  亡栄一郎との関係において原告ナミがその妻、その余の各原告がその子であることは当事者間に争いがない。

(二)  右第一、二(二)34のとおり、原告ナミは、ガスストーブ燃焼中、亡栄一郎に付添い、手術室にいたものであるが、完全看護でない被告医院(このことは弁論の全趣旨により認められる)に入院した患者の付添人たる者は、部屋の換気等医学上の専門的知識を必要としない事項については、病院管理者とともに、当該患者に対し、右事項に基づく事故の発生を未然に防止すべき注意義務を有していると解するのが相当であるところ、右第二、二(二)によると、原告ナミは、右義務を怠ったものと認めるのが相当であり、従って、同原告には本件事故発生につき過失があるものというべきである。

(三)  右(一)(二)の事実、その他諸般の事情を総合すると、亡栄一郎の死亡により取得する慰藉料の金額は、原告ナミにおいて金八〇万円、その余の原告らにおいて各金三二万円と認めるのが相当である。

二、相続により取得したもの

(一)  治療費等

1、被告医院関係

(1) 亡栄一郎は、右第一、二(二)1、6、8のとおり昭和四二年四月三日から同月二六日まで被告医院に通院したところ≪証拠省略≫によれば、その間の診療費、貸布団代、牛乳代として同医院に対し合計金四万七、八〇二円を支払ったことが認められ、これに反する証拠はない。

(2) 右第一、二(二)1、5、6、8の事実および≪証拠省略≫によると亡栄一郎の被告医院における治療内容は同月三日中は交通事故による傷害の治療、翌四日は主として一酸化炭素中毒による意識障害についての治療、その後同月二五日午前中までは主として右交通事故による傷害と十二指腸潰瘍の治療、更に同日午後から翌二六日まで一酸化炭素中毒に基づく意識障害の治療であったことが認められこれに反する証拠はない。

(3) 右(2)によると、一酸化炭素中毒事故と相当因果関係のある治療費等は右(1)のうち、金一万円と認めるのが相当である。

2、山形県立中央病院関係

亡栄一郎は、右第一、二(二)8、9のとおり、昭和四二年四月二六日より同年一〇月二〇日まで山形県立中央病院に入院したところ、≪証拠省略≫によればその間の療養費、入院室使用料等として同病院に対し金二六万七、五一五円を支払ったことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  付添人費用

1、≪証拠省略≫によれば右(一)2の入院期間中(一七八日)亡栄一郎は意識障害の状態が続き付添人を必要とする症状であり、かつその間亡栄一郎は職業的付添人を雇ったことが認められるが、本件全証拠によるも、右付添人に付添費として現実に支払った金額および付添人の食事等のため要した金額はいずれも認定できない。

2、右1によると、付添人費用は、社会観念に従い、通常支払われている金額によるべきところ、右(一)2の当時、右費用が、一日一、〇〇〇円を下らないものであることは当裁判所に顕著な事実である。

3、右1、2によると、亡栄一郎の付添人費用は入院期間(一七八日)に一日一、〇〇〇円の割で乗じた金一七万八、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(三)  逸失利益

1、亡栄一郎が昭和四二年三月末日三六年間在職した教員を満五八才で定年退職したことは当事者間に争いがない。

2、≪証拠省略≫によれば、亡栄一郎は本件事故前は特に病気をしたことはない健康な男子で、右退職後、公立学校共済組合山形支部から年額金五三万八、四八一円の退職年金を受領していたことが認められ、これに反する証拠はなく亡栄一郎の平均余命が一七年(昭和四二年簡易生命表によれば、五八才男子の平均余命は一七、三五年である)であり、かつ、同人の生活費が、右年金額の五〇パーセントにあたる金額であることは、いずれも当裁判所に顕著な事実である。

3、右1、2によると、亡栄一郎は少なくとも右第一、二(一)の死亡時以後一七年間右2の共済組合から年額金五三万八、四八一円の退職年金の支給を受けるものと認めるのが相当である。

4、右1ないし3の事実を基礎に、ホフマン複式年別法により年五分の中間利息を控除して、右年金総額の亡栄一郎死亡時の現価を算定すると、それは金三二五万一、五九九円(円未満切捨て、以下同じ)となる。

(四)  過失相殺

1、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において、当事者から過失相殺を基礎づける事実の主張がなくとも、証拠上その事実が認められる場合は、裁判所は職権でこれを斟酌することができ(なお、最判昭和四三年一二月二四日民集二二巻一三号三四五四頁参照)、また民法七二二条にいう過失には、単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側即ち、本件の原告ナミの如く、直接被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係(この関係は、右一(一)認定のとおり)にある者の過失をも包含するものと解するを相当とする。

2、本件一酸化炭素中毒事故発生につき原告ナミに過失があることは右一(二)認定のとおりであり、これと、被告の右第二の過失とを対比すると、原告ナミの過失割合は二〇パーセントと認めるのが相当であるから、亡栄一郎が被告に対して請求できる損害賠償金額は、右(一)ないし(三)の合計額に〇・八を乗じた金二九六万五、六九一円となる。

(五)  相続

1、亡栄一郎との関係において原告ナミがその妻、その余の各原告がその子であることは右一(一)認定のとおりである。

2、右1によると、右(四)2の亡栄一郎の損害賠償債権につき原告らは法定相続分に従い、原告ナミにおいて金九八万八、五六三円その余の原告らにおいて各金三九万五、四二五円相続したことになる。

(六)  遺族年金受領による減額(原告ナミにつき)

1、退職年金を受給する組合員本人が死亡したときは、その遺族が、遺族年金受給権を取得(地方公務員等共済組合法九三条)することになるから、同遺族が右本人の得べかりし退職年金(同法七八条)の受給利益喪失の損害賠償債権を相続すると同遺族は同一目的につき、二重の給付を受けたのと同一視でき、これは衡平の理念に反することになるから、これを避けるため、相続人が請求することのできる損害賠償額は、遺族年金(将来取得すべき遺族年金も含む)の限度において減縮さるべきものと解するのが相当である。

2、≪証拠省略≫によれば、亡栄一郎の第一順位の遺族たる原告ナミは、昭和四二年一一月分以降亡栄一郎の退職年金の二分の一たる金二六万九、二四一円の遺族年金を受領していることが認められるので、原告ナミについては右(五)2の金額より、右遺族年金を控除すべきであり、その控除後の金額を検討するに、亡栄一郎死亡時の逸失退職年金総額のうち原告ナミが相続した金額は、

退職年金額(五三万八、四八一円)をA、一七年のホフマン係数(年五分の複式年別法)をaとした場合、1/2×A×a×0.8×1/3:(但し1/2は生活費控除、0.8は過失相殺、1/3は法定相続分を表わす)

で表わされるところ、原告ナミが代りに取得した遺族年金の亡栄一郎死亡時の総額は、遺族年金額が1/2×A、ホフマン係数が少なくともa以上(原告ナミが亡栄一郎より満一〇年若い大正八年一二月二〇日生の女性であることは当裁判所に顕著な事実であるので、同人の亡栄一郎死亡当時の平均余命は、少なくとも、亡栄一郎の平均余命の一七年以上であると認められる)であるので、1/2×A×a以上と表わされ従って、原告ナミの取得した遺族年金総額が亡栄一郎よりの逸失退職年金相続分を超えること明らかであり、結局、原告ナミの右控除後の金額は、原告ナミが右(三)の逸失利益を相続しなかったものとして算出した金額すなわち金一二万一、四七〇円であると認めるのが相当である。

三、原告らの債権額

右一、二によると、本件事故により取得した損害賠償債権額は、原告ナミにおいて金九二万一、四七〇円、その余の原告らにおいて各金七一万五、四二五円となる。

第四、結語

よって本訴請求は、そのうち、原告ナミにおいて金九二万一、四七〇円、その余の原告らにおいて各金七一万五、四二五円の各損害金および右各金員に対する不法行為の後たる昭和四三年八月二五日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤俊光 裁判官 広岡保 中野哲弘)

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